2016.09.06
博物館の奥の一角に印章類を並べたケースがあります。沢山の印章類が一本調子に並べられていて、ちょっと退屈な展示です。印章の横にそれぞれの印影が示してありますが、それも光の具合によってあまり鮮明に見えないものもありますから、ますます興味を削がれそうです。中近東文化センターには、数多くの円筒印章がありますが、あまりに数が多いせいか、一つ一つの評価額はほとんどゼロとされています。でも、考古学的価値は別にしても、印章図案を丁寧に見て行くと、なかなか面白いものがあります。
印章図案は、本人確認のためのものですから、持ち主の思いが様々な形で込められています。ライオンや鹿などの野生動物の絵柄を使った人はきっと狩りが大好きだったのでしょうし、戦いの場面を図案にした人は軍人の家柄の出だったのかもしれません。神様の前で祝福を受けているような場面を描いた人はそれなりの権威を示したかったのでしょうし、神話の一場面を切り取った人は祖先への尊敬の気持ちを表したかったのかもしれません。考古学者だったら、これらの図形を見て、どんな意味があるのか直ちに読み解くのでしょうが、我々一般の人間には、とても無理です。でも、これらの図形を眺めながら、色々考えるのは、誰にでも許されていることなのです。
一例として、左端の列に置いてある「ミタンニ」という説明の付されている上段の円筒印章を眺めてみましょう。
横にあるこの印章の図柄を見ると、2人の人物の間に樹木が立っています。メソポタミアで樹木が描かれていると、すぐ「生命の樹」ということになりますが、これもそうなのでしょうか。でも、ワラビの新芽みたいな先の丸い枝が無愛想に描かれている様子は、生命の樹という厳かさとはちょっと違うようにも見えます。樹木と反対側には下に渦巻きがあって、その上で奇妙な形の物が飛び跳ねています。足元の渦巻は、河か海の水を象徴しているのでしょうが、その上の図形は何なのでしょうか。2人の人物はどちらも頭に何かを被っていますが、それぞれ後ろにゼンマイのネジのような槌型の突起が出ています。それに、体全体とのバランスで見ると、被っている物が、特に右の人物では、大きすぎるように見えます。また、左の人物は普通に立った姿勢で足元までハッキリ描かれていますが、右の人物は走っているのでしょうか、脚の部分が流れた描き方になっています。そして手に尖った武器を持っているようにも見えます。左の人物の背中には羽が生えているように見えますから、こちらは精霊か天使なのかもしれません。
こんな風に考えながらこの印影を眺めていると、色んな想像が湧いて来て退屈しません。この印章絵を基にお話を作ってみるのも面白いかもしれません。
平成28年9月6日 羊頭
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