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2017.12.20

今月の一品(33)橙色双樹文錦

 順路の最後の方に陳列されているペルシア錦の裂地の真ん中の物です。錦というのは、様々に定義されるようですが、要するに金糸・銀糸などを用いて華やかな模様を織り出した織物のことのようです。こういった裂地は、専門家でないと説明が難しい上に、本来は、手に取ったり、裏返したりして見ないと観察が行き届かないので、博物館で展示してある物を眺めるだけの来館者には向かないと考えてこれまで取り上げないで来たのですが、展示物のつり合いもあるので、今回思い切って書くことにしました。

 とは言ったものの、置いてある説明版の内容すらなかなか厄介です。説明版には、「・・・樹木中心部は殆ど撚りの無い白絹糸に細く切った銀シートをS巻きした銀糸が織り込まれています。」と書いてあります。2本の樹木の中層の枝葉が白っぽい刺繍になっているのは解りますが、白絹糸に銀を巻き付けてあるかどうかは、展示物に顔を近付けたり、虫眼鏡で見たりしても、なかなか確認できません。普通の来館者は、説明とそれに添えてある拡大写真を見比べて、「そうか」と納得する以外に観察の方法はありません。

 この裂地は、古美術収集家の石黒孝次郎氏がイスファハン近郊のアビュネ由来の物としてテヘランで求めたとの記録が残っています。また、専門書には、16世紀末、アッバース1世の時代に、首都イスファハンの著名な織物作家ライスルのデザインにより作られたとの記述があるそうです。ただ、この布がどのように使われていたのかについては、調べた範囲では解りませんでした。絹を使った品ですから、一般家庭の日用品ではなかったでしょうが、飾りとして壁掛けやテーブルセンターのように使われたのか、それとも他の使い方をされたのか、不明です。文様の大きさや裂のサイズから考えて、衣類の布地ではなかったと思いますが、使い道が判然としないのは残念なことです。

 朱色の絹の地に金糸、銀糸それに紺色の糸を織り交ぜて2本の樹を織り出しています。細かい柄が織り出されていますが、裏から見ても略同じ模様が浮かんでいますから、織物の技術としては、それほどこみいったものではないようです。構図は、2本の木が並んで立っているだけですから、複雑ではありませんが、文様化された葉や幹の有様には一種のリズムが感じられます。この木は薔薇をモティーフにしているとされていますが、どうしてそう判断できるのか、私には解りません。葉の茂みが3層になっていることや幹高がかなりあるところを見ると、薔薇よりももっと大きな樹木のようにも感じられます。樹文下層の繁みの中には鳩のような鳥が2羽づつ、隠し絵風に織り込まれています。酉年の締めくくりとして、探してみるのも良いかもしれません。

 それでは、皆様良いお年をお迎え下さい。      平成29年12月20日   羊頭

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