2018.09.28
以前取り上げた彩壁画片と入れ替わって、先月から展示されている浮彫断片です。古代エジプトの働く人々の絵と並んで置かれています。実は、この断片も記録がハッキリしていません。出土地もよく解りませんし、お墓から出たのか、建造物を飾っていた壁画などの一部だったのか、手掛かりがありません。人の胴体部分だけですから、彫り絵の一部分だったことは明らかですが、群像の中の一人なのか、この人物を中心にした作品の切れ端なのか、色々な推測が可能です。
見た瞬間には、この絵が何を表現しているのか解り難いと思いますが、裸の体の前に描かれている点々に気が付けば、古代エジプト版の「種まく人」であることはすぐに思い付けると思います。前に伸ばされている手は、種をまく動作をしているようですし、右端にほんの少し見えている左手は、腰に付けた袋から種を取り出そうとしているようにも見えます。お腹の前の部分には、ご丁寧におへそらしき点が打たれています。種は、まかれた後も規則正しく並んで空中に浮かんでいますが、よく見ると種をまく手の前方にも、パラパラとまばらに点があります。これらの点は、単なる傷のようにも見えますが、意図的に種の様子を描いたものだとすれば、動きの描写の例として興味深いものです。この断片の周囲に展示してある画像からも解るとおり、古代エジプト人は上半身裸で色々な労働作業に従事しましたから、種まきをする人が半裸であること自体は、不思議ではありません。
一つ気になるのは、この断片の最初の受け入れ記録に、「ライムストーンレリーフ(ラムセスII)」と記述されていることです。ということは、この裸の種まく人は、あの有名なラムセス大王ということになるのでしょうか。受け入れ記録にも、その他の資料にも、何を根拠にこう記したのか説明してありませんから、迷うばかりです。作品の年代記録は、紀元前14~12世紀 とされていますから、ラムセス2世の時代に重なることにはなりますが、他のことは一切不明で、判断材料がありません。唯一そうかなと思わせるのは、腰の前に彫られている襞々です。古代エジプトの王様たちの肖像には、上半身裸のものが結構ありますが、その多くは腰の前に折り畳んだ布をまとっています。当時、布は大変な貴重品でしたから、このようなやり方で、その人の高い身分を表すことは多かったようです。この襞々がそういう権威を表す描写であるとすれば、この人物がラムセス2世である可能性も考えられなくはありません。でも、王様が直々に畑仕事をしたのでしょうか。それとも、天皇陛下が皇居で田植えをなさるように、ある種の象徴的なこととして、農作業をする場面を写し取ったのでしょうか。材料が無いのですから、勝手に想像することにしましょう。
平成30年9月 羊頭
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