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2019.06.28

今月の一品(51) 木棺の蓋

 今回は、博物館で一番目立つ展示物をご紹介しましょう。展示室に入ってすぐの所にある、古代エジプトの木製人型棺の蓋です。このお棺の蓋が木を接ぎ合わせて作られたことは、ヒビや割れ目の様子からも解りますが、それぞれのつながりは滑らかで、各部分の曲線的な仕上げにも全く無理を感じさせません。描かれている絵模様も、3000年の時間を経た色褪せや剥落はあるものの、なおもとの彩りの豊かさを保っていて、古代エジプトの職人技の凄さが伝わって来ます。

 この時代の肖像に特徴的な大きな棒状の髭が付いていますから、このお棺の主は男性であったと推測できます。おかっぱ風の髪、大きく見開かれた眼、そして胸の前で交差した腕などは、私たちにとって見慣れた古代エジプトのスタイルです。交差した腕のうち片方の手の部分は失われていますから、何をどんな風に持っていたのかは判然としません。残っている左手には、短い筒状の物を持っているように見えますが、その下端は切り取られたようにも見えて、この持ち物が何であるか簡単には推測できません。

 このお棺の蓋は、ルクソール近くのナイル川西岸、デール・エル・バハリで発見されたということです。この地域では、神官やその家族の遺骸を納めた人型棺が多数出ているそうで、これもその一つだったようです。首から胸にかけて赤色のリボンが交差して描かれていますが、これは、紀元前10世紀頃のお棺の特徴の一つだそうです。この時期のエジプトでは、アメン神に仕える神官たちが、王様もたじたじの大変な勢威を振るっていたそうですから、このように立派で手の込んだ作りのお棺に神官が納まることも不思議ではなかったのでしょう。ただ、このお棺に収められた人の肩書や名前は、脚部の緑色の2本の縦線で覆われていて、判別できません。初めにも述べたように、総体的に丁寧な造りであること、中央に日輪やホルス神を配し、左右に庇護のポーズの女神像が描かれていること、胸から腹部にかけて、上エジプトの象徴である睡蓮の文様が描かれていることなど、テーベ地方の相当な地位にあった人物のお棺であることは想像されますが、それ以上推理は進みません。薄気味悪いのは、この塗りつぶしが、後から別の人をこのお棺に納めるために行われたと考えられていることです。我々の感覚からすると、どんなに木材が貴重だとしても、また、どんなに美しくて堅牢な作りであったとしても、他人が納められていたお棺に、別の人を納めようとは考えないと思いますが、古代エジプト人はそういうことを割に平気でしたようで、他にも例が見られるそうです。

 やはり、古代エジプトの宗教観に馴染むのは難しいようです。

令和元年6月  羊頭

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