HOME > ニュース一覧 > 今月の一品(54) ウガリットの楔形文字アルファベット
2019.09.25
三笠宮殿下追憶のコーナーにシロアム碑文やゲゼルカレンダーなどと一緒に展示されています。象牙色の破片の表面に、茶色のシミが付いているようにしか見えませんが、文字の歴史の上で大変大きな意味を持っている粘土板の複製品です。本物は、シリアのダマスカス国立博物館にあります。
ウガリットというのは、シリア北西部の港町ラタキア近く、現在ラスシャムラと呼ばれている遺跡で、物資を地中海から陸揚げして内陸のメソポタミアに運ぶ中継港として、紀元前18世紀から12世紀ころまで大いに栄えたと伝えられています。この遺跡から楔形文字を記した粘土板が発掘され、研究・解読の結果、この地域独特の文字であることが判明し、ウガリット文字と呼ばれるようになったのです。
文字の発展の歴史は複雑で、必ずしも直線的ではないようですが、原初は、具体的な物を指し示す記号として現れたようです。そこでは、例えば、羊を表す記号に、羊という意味が与えられ、「ひつじ」という音で読まれます。文字の意味と発音が一致する表語文字です。初めのうちは、羊を表す文字は、実際の羊に似せた形に書かれますが、段々と書き易い形に変化して行きます。粘土板と葦のペンで書く結果として行き着いたのが楔形文字です。他方で、音を表す文字の方が便利だと考える人たちも出て来ます。羊の記号を使って「ひ」という音を表すような使い方です。表音文字(音節文字)の登場です。一つの文字で、意味を表すこともあれば、音を表すこともあるという状況も現れます。日本で言えば万葉仮名の状態です。シュメールの人々が発明した楔形文字は、このように表語文字と音節文字が混在した形で、アッカドやバビロニア、ヒッタイト、アッシリアなどに広がって行きました。そのうちに、形として楔形文字を使いながら、子音と母音を分けて表記するグループが出て来ます。音素文字と呼ばれる文字体系の出現です。現在の外国語のアルファベットは、音素文字ですから、私たちはこの文字体系に違和感を感じませんが、表語文字や表音(音節)文字を使っていた人々がこの表記法にたどり着くには、かなり発想の飛躍が必要だったことでしょう。音素文字の起源については、色々な説があるようですが、ウガリット語は、現在のところ、完全に解読されている最古の音素文字を使った言語だそうです。そして、この展示されている粘土板は、そのウガリット文字の子音27文字、母音3文字を、古代のアラム文字やフェニキア文字と同じような配列で並べた文字の一覧表、つまりアルファベット表なのです。
昔のウガリットの人がこんなものを考え出さなければ、現在の高校生も英語の受験勉強で苦しまなくて済んだかもしれないと思うと、ずいぶん罪作りな人たちだと思います。
令和元年9月 羊頭
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